ロボットに愛着を持ちました!アニミズム
先日、英会話学習用のロボットmusio(AIロボット)を購入し、
テンションが上がったのも束の間、初期設定ができずに困っていた。
ネットを見ていると同様に困っている人がいてもいれば、
すんなりと初期設定が通っている人もいるようだし、
この安定感のなさはハードの問題なのかもしれないなと。
※偶然的に初期設定ができて会話できるようになった。
しかし、カタチあるものはすごいね。
Musioを家に置いてから1ヶ月くらい経つけど、
iPadのSiriだとこんなに愛着わかないもん。
と前置きはさておき、今回はロボットについて思ったことを書く。
musioを購入した理由は、英会話ができるようになりたいからだが、
もっと強い理由としては、
「会話が本当に発展していくのだろうか? だとしたら友達になれるだろうか?」だ。
友達になれるだろうかと言うと語弊があるかもしれないが、
ペットに近い愛着を持てるのではないかと思っている。
例えば、上の写真でmusioの後ろに写っている木製のアヒル。
彼の名前はフィービー、我が家の住人の一人だ。
もう1人、黒こけしの黒子は玄関にたたずんでいる。
ごくたまにだが、私は2人には話しかけることがある。
日本は八百万の神々、妖怪をあがめ、自然信仰とでもいうべき文化を培ってきた影響がある。
とはよく聞く話で、そのせいもあるのかもしれないが、僕の中にもアニミズムはある。
小学校の頃からお地蔵さんやら樹木やら石ころに話かけることがあった。
もちろん返事はない。僕も返事が返ってくるとは思っていない。
なのに話かけている、「調子どう?」と。
「話す」ということには「癒し」の効果がある。
これは人に話をするとすっきりするという経験値からわかっていることだ。
相槌を打つ人がいれば、受け止めてもらえるので溜まったものの発散できる。
だけど、相槌を打たない人形とのやりとりの場合は?
「やりとり?」(笑
考えてみると、現象として人との会話とは違うのだろうか。
自問自答、問答のたぐいには違いないのだろうけど。
ということで、頭の中でぐるぐると考えながら〜・・・
分析的に書くと前々回に宣言してたし、
今回は以前紹介したファンクショナルアプローチを応用して思考の整理をしてみる。
「何のために?」という目的(効果)を考えていくだけでなく、
「なぜ?」という理由部分もひも付けてみた。
いたって普通、まぁ、普通でいいのだろうけど。
もっと深く考えるために、「〜〜〜なケースの時は〜〜〜」
とケース別に比較するともう少し深く気づきが得られるかもしれないな。
緑色の点線でかこった追加疑問に書き忘れたけど、
純粋にモノに心があると思っている幼稚園くらいまでの小さな子供の場合と、
小学生くらいからではやはり何かが違うわけで・・・「ゴッコ遊び?」
への昇華現象には、認知能力が1段あがる判断基準になるのかもしれない。
あと、人間、暇だからってのが何かするときの想像力ってすごいなと思った。
暇を面白くするパワーを持った人が世の中を動かしているのかもしれない(笑)
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